− 私本日本書紀 −

巻一

第二話 国生み

伊耶那岐尊(いざなぎのみこと)は、天の浮橋(あまのうきはし)の上から下界を見下ろしていた。下界は暗くもやの様なものがかかり、その下の様子は見えなかった。そこへ伊耶那美尊(いざなみのみこと)がやって来て、声をかけた。

伊耶那美尊> 伊耶那岐様。

伊耶那岐尊> これは、伊耶那美様。

伊耶那美尊> 伊耶那岐様、ここで何をされているんです?

伊耶那岐尊> 下界を見ているんですよ。

伊耶那美尊> 下界・・・ですか。

伊耶那岐尊> はい、下界です。伊耶那美様には下界はどう見えますか。

伊耶那美尊> 暗い雲がかかっていてよく見えませんわ。

伊耶那岐尊> 私はこの底の地に国があると思うのです。そこでこの矛で下をさぐってみようと思いまして。

伊耶那岐尊が天に手をかざすと、玉で飾られた矛が現れた。矛をつかんだ伊耶那岐尊は、それを指し下して下界をさぐった。徐々に矛を下していくと、水の感触が伝わった。青海原だった。そこで伊耶那岐尊は少し矛をあげた。すると矛からしたたった海水の塩が固まって一つの島になった。天浮橋の上で見ていた、二柱の神はこの島を淤能碁呂島(おのころしま)と名付け降りてみることにした。淤能碁呂島に降りた二柱の神は、夫婦の交わりをして、この地に自分たちで国を造ることにした。

伊耶那岐尊> 夫婦の交わりといっても、どのようにすればよいのやら・・・。伊耶那美尊様はご存じですか?

伊耶那美尊> さて。私にもサッパリ・・・。

しばらく考え込んでいた二柱の神であったが、伊耶那岐尊があることに気が付いた。

伊耶那岐尊> 伊耶那美様。あなたの体は、私とは少しちがう様ですね。あなたの体にはどんな部分があるのですか。

伊耶那美尊> 私の体には、雌のはじまりと呼ばれる部分があります。

伊耶那岐尊> 私の体にも同じように、雄のはじまりと呼ばれる部分があります。

二柱の神は互いのはじまりの部分を観察しあうと、あることを思いついた。はじめに言葉に出したのは男神の方だった。

伊耶那岐尊> 私のはじまりの部分と、伊耶那美様のはじまりの部分はピッタリはまりそうですね。一度試してみませんか。

伊耶那美尊> それは、良いことを思いつかれました。では、この島を伊耶那岐様は左から、私は右からまわりまして出会った場所で行いましょう。

相談はまとまり、男神は左から、女神は右から島をまわりはじめた。しばらくすると、二柱の神は顔をあわせた。そこで女神から声をかけて言った。

伊耶那美尊> ああうれしい。立派な若者に出会えた。

伊耶那岐尊> おや、なんと美しい乙女だろう。

そしてついに、ついに男女の交わりをし、そしてしばらくこの地に暮らすため、大きな御殿を建てた。しばらくして、伊耶那美尊が身籠もった。しかし生まれてきたのは満足できる子ではなかった。そこで葦の船に乗せ流した。

またしばらくして伊耶那美尊が身籠り、子を産んだ。しかし、この子も満足できる子ではなかった。そこで二柱の神はこの子も子供の数には入れなかった。その子は、その事を大変恥じた。いつの日か彼は、吾恥洲(あはじのしま)と呼ばれるようになった。二柱の神は、大変落胆した。

(作者注)
吾恥洲はその後、淡路洲と呼ばれるようになり、現在の淡路島となるとある。

伊耶那岐尊> どうして我らの子は、蛭子(不具の子)ばかりが、生まれるのだろう。

伊耶那美尊> 我らのやり方が間違っているのでしょうか。

毎日のようにこんな会話が繰り返されたが、ある日ついに、天つ神(あまつかみ)に相談してみることにした。久しぶりに天界に戻った二柱の神は、さっそく天つ神に相談した。事情を聞いた天つ神は占いをして二柱の神にこう助言した。

(作者注)
天つ神は、ここでは、自分たちより高位の神の意。

天つ神> こんどは、女神から声をかけるのではなく、男神の方から声をかけてみなさい。そうすれば、きっと良い子が生まれるはずですよ。

下界に帰った二柱の神は、さっそく言われた通りにやり直した。しばらくして、再び伊耶那美尊が身籠もり、子を産んだ。今度はすばらしく良い子が生まれた。この子は、大日本豊秋津洲(おおやまととよあきつしま)(大和)と名付けられた。二柱の神は、たいそう喜びまた子を産んだ。

次の子は、伊予の二名洲(いよのふたなのしま)(四国)と名付けられた。次に筑紫洲(つくしのしま)(九州)を次に億岐洲(おきのしま)と佐度洲(さどのしま)を双子で産んだ。世の中の人が双子を産むことがあるのは、これにならってのことである。

次に越洲(こしのしま)(北陸)を次に大洲(おおしま)を、さらに続けて吉備子洲(きびこのしま)(備前の児島半島)を産んだ。これで大八洲国(おおやしまのくに)が出来た。さらに、塩の泡や水の泡がが固まって、対馬島(つしま)、壱岐島(いきのしま)等のところどころにある小島が出来た。出来上がった国をながめながら伊耶那岐尊は、思った。

伊耶那岐尊> 私たちの国は、朝霧がかかっているが、良い香りの漂う良い国だ。いっそうの事この霧を吹き払おう。

伊耶那岐尊は、霧に向かって息を吹きかけた。伊耶那岐尊が霧を吹き払った息が、風の神となった。そこで級長戸辺命(しなとべのみこと)と名付けた。また飢えて気力のない時に産んだ子、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)。次に海の神々を産み小童命(わだつみのみこと)と呼んだ。さらに山の神々を産み、山祇(やまつみ)と呼んだ。海峡の神々を速秋津日命(はやあきつひのみこと)、木の神々を句々廼馳(くくのち)、土の神々を埴安神(はにやすのかみ)と呼んだ。

そして後に、万物が生まれた。またしばらくして、伊耶那美尊が身籠もった。お腹の子は、火の神である軻遇突智(かぐつち)であった。いつものように軻遇突智を産み落とそうと伊耶那美尊はしたが、それが火の神であった為に女神は、全身に火傷をおってしまった。

伊耶那岐尊> 伊耶那美様しっかりなされよ。あなたは、まだ私と一緒に国を創らねばならぬはず。まだ死んではなりません。

伊耶那岐尊は、必死に看病した。しかし、その甲斐もなく伊耶那美尊の命は尽きようとしていた。

伊耶那美尊> 伊耶那岐様、この国を、わが子達をお願いします。

ついに伊耶那美尊は息を引き取った。

伊耶那岐尊> ただ一人の子の為に、我妻である伊耶那美尊をうしなってしまった。

この事に大変悲しんだ。そして、いつまでも伊耶那美尊を抱きしめ、涙を流し続けた。その涙が神となり啼沢女命(なきさわめのみこと)となった。この神は、丘の上の木下に住み付いた。

その後も伊耶那岐尊は、悲しみ続け伊耶那美尊が命を落とす原因である軻遇突智をことのほか嫌った。そしてついに腰に下げた剣で軻遇突智を斬って三つに断った。すると、断たれたそれぞれが、神となった。剣の刀からしたたった血が流れとなり、天の安河(あまのやすかわ)にそそぎ、その畔にある沢山の岩群となった。

剣のつばから流れ落ちた血が神となり、甕速日神(みかはやひのかみ)と名のった。後に甕速日神は、武甕槌神(たけみかつちのかみ)の祖先となった。剣の先から流れ落ちた血が神となり、磐裂神(いわさくのかみ)と名のった。

次に根裂神(ねさくのかみ)が、さらに磐筒男神(いわつつおのかみ)が生まれた。後にこれらは、経津主神(ふつぬしのかみ)の祖先となった。剣の柄頭から流れ落ちた血が神となり、闇龗(くらおかみ)と名のった。次に闇山祇(くらやまつみ)が生まれた。