− 私本日本書紀 −

巻一

第五話 天照大御神と素戔鳴尊

伊耶那岐尊が天照大御神以下の兄弟に命を与えたとき、素戔鳴尊はすでに年も長けていて、長いひげも生やしていた。しかし青海原を治めるどころか、いつも泣き叫んでいた。隠居した伊耶那岐尊もこれではいかんと、素戔鳴尊のもとに行って理由を聞いてみた。

伊耶那岐尊> 素戔鳴尊よ。お前は、なぜいつも泣いてばかりいるのだ。

素戔鳴尊> 私は、母に会いたいのです。母のいる黄泉の国(よみのくに)に行きたいと思って泣いているんです。

伊耶那岐尊> 伊耶那美尊のもとへ行きたいというのか。なんという奴だ。そんな奴は私の息子ではない。何処へなりとも行くがよい!!

素戔鳴尊は、伊耶那岐の怒りにふれてしまった。

素戔鳴尊> 父上のお怒りはごもっともです。私はご命令どうり黄泉の国へ行こうと思います。ただ、高天原の姉に会ってお別れを言いたく思います。

伊耶那岐尊> よかろう。しかし、それがすめば二度と戻ることは許さん。

素戔鳴尊は、伊耶那岐尊の許可を得て天界にのぼった。素戔鳴尊はその性質が荒々しく、猛々しい為、彼が天に昇るときには海は轟き、山は鳴り響いた。天照大御神は素戔鳴尊の性質をよく知っていたので、彼が天界に上って来るのを見て、驚いて顔色を変えていった。

天照大御神> 大変な事になりました。素戔鳴尊が国を奪いにやってきます。

そして、髪をみずらとし、裾をあげて袴として、背に矢入れを背負い、腕には高鞆(弓を射るときに利き手に付ける革製の道具。)をつけて地面を踏みぬき、土をまるで雪のように踏み散らして素戔鳴尊を自ら迎えた。そして厳しい口調で素戔鳴尊に向かって言った。

天照大御神> 私達の父は、それぞれの子供達に命じてそれぞれの境を設けられました。なのに何故お前は、自分の持ち場を離れ、我が国へ来たのですか。

素戔鳴尊> 私は父の怒りにふれた為、今から黄泉の国に行かなければなりません。しかしその前に一目姉上に会いたかっただけなのです。姉上こそどうして弟である私にそのように厳しくなさるのです。

天照大御神> もしそれが本当なら、どのようにして、その心を私に示しますか。

素戔鳴尊> では、姉上と一緒に誓約をたて、その中に必ず子を生むことを入れましょう。もし私の生んだ子が男子であれば、私の心に悪があると思って下さい。しかし、女子であれば、私の心は善と思って下さい。

そこで天照大御神は、素戔鳴尊の十握の剣(とつかのつるぎ)を借りて三つにおり、天の真名井で清めると、カリカリと噛んで吐き出した。すると、その細かい霧から神が生まれた。名付けて田心姫(たこりひめ)、湍津姫(たぎつひめ)、市杵嶋姫(いちきしまひめ)の皆で三柱の女神であった。

今度は素戔鳴尊が、天照大御神から八坂瓊(やさかに)の首飾りを借りて、同じように天の真名井で清めると、カリカリと噛んで吐き出した。すると、その細かい霧から神が生まれた。名付けて正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあまのおしほみみのみこと)、天穂日命(あまのほひのみこと)、天津彦根命(あまつひこねのみこと)、活津彦根命(いくつひこねのみこと)、熊野橡樟日命(くまののくすびのみこと)の皆で五柱の男神であった。

天照大御神> 八坂瓊の首飾りは私の持ち物です。だから生まれた五柱の神は私の子、よって私が養いましょう。十握りの剣は素戔鳴尊の持ち物です。よって生まれた三柱の神は、お前に授けましょう。

天照大御神は、こう言って素戔鳴尊の正しさを認めた。

(作者注)
素戔鳴尊の十握の剣より生まれた田心姫、湍津姫、市杵嶋姫の三女神は宗像三神と呼ばれている。