− 私本日本書紀 −

巻三

第三話 八咫の烏

磐余彦尊(いわれひこのみこと)は息子の手研耳命(てぎしみみのみこと)と共に熊野の荒坂の津まで軍を進め、そこで丹敷戸畔という女賊を誅した。そのとき神が毒気を吐いて人々を萎えさせ、このため磐余彦尊の軍は士気が上がらなかった。しかし地に住む熊野の高倉下(たかくらじ)という者がその日の夜おかしな夢を見た。

それは天照大御神(あまてらすおおみかみ)と武甕槌神(たけみかつちのかみ)が話をしているものだった。

天照大御神> 葦原中国は、まだ平定されていない。お前が行って平定してきなさい。

武甕槌神> お待ち下さい。私が出向かなくても私が国を平定した剣を送れば、国は自ずと平定されましょう。

天照大御神> なるほど。

そこで武甕槌神は高倉下に語りかけた。

武甕槌神> 私の剣を、今あなたの倉に送ろう。その剣を皇孫に献上せよ。

高倉下> わかりました。

そこで高倉下は目が覚めた。

あくる朝、夢の通り倉に行ってみると、確かに剣が地面に突き刺さって落ちていた。そこで高倉下はその剣を磐余彦尊に献上した。その時、磐余彦尊は毒にあてられて眠っていたが、さっと目を覚まし不思議に思って言った。

磐余彦尊> 私はなぜこんなにも長い間眠っていたのだろう。

ついで同じく毒にやられていた兵も皆、目を覚まし起き上がった。

活気を取り戻した磐余彦軍は内つ国へ赴こうとした。しかし山の中は険しく進むべき道も見つからず、行くことも戻ることも出来なくなり迷っているとき、また夢を見た。夢の中で天照大御神が磐余彦尊に語った。

天照大御神> 私が今八咫の烏(やたのからす)を遣わそう。これに従って進むがいい。

あくる日、たしかに一羽の烏が空から降りてきた。

磐余彦尊> 昨夜、私は夢を見た。その中で天照大御神が八咫の烏に道案内させようと仰った。天照大御神が我らを導いて下さるのだ。

そして日臣命(ひのおみのみこと)が大来目(おおくめ)を率いて、大軍の将軍として山を越え路を踏み分けて、烏の導きに従って進軍し、ついに莵田の下県(うだのしもつこおり)に着いた。よってその地を名付けて莵田の穿邑(うかちのむら)という。

磐余彦尊は、このとき日臣命を誉めて言った。

磐余彦尊> お前は知勇を兼ね備えた士だ。また我々を良く導いてくれた。そこでお前の名を改めて道臣としよう